こんにちは、支援員の高林です。
今回は「常識」という言葉について、思う事を書きたいと思います。
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最近様々なところで、昭和の常識と令和の常識の違いを、面白おかしく世代間の差として伝えるものを目にします。
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先日も、あるテレビ番組で昭和時代の学校では常識だった「乾布摩擦」と「連帯責任」を伝えて、街頭でZ世代の若者が驚く様を流していました。これも時代の変化です。
昭和世代は一生懸命時代に合わせて、変化していかなければなりません。
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しかし、言動や立ち居振る舞いを合わせていっても、人には消えない記憶というものがあります。昭和生まれでバブル世代育ちの私もそのひとりです。
いまや、分煙化が進み喫煙所以外で煙草を吸う人は見かけません。
ただ、私の新卒時代の記憶の中では、会社の会議前には、先輩が集まる前に若手社員は会議室のテーブルに灰皿を並べてまわるという光景がしっかり残っています。
会議中は、室内が煙で白くモヤがかかっているのが、いつもの光景でした。
こんなこと令和の今では考えられません。世代間のギャップというのは、こうした記憶が悪戯して生まれる部分もあるのかなと感じている次第です。皆さんの中にも、今の社会の「常識」を理解していても、「記憶に刻まれた昔の常識」に、もしくはそのような記憶を持つ周囲の人との関係に、悩んでいる人もいるのではないでしょうか。
いまや、分煙化が進み喫煙所以外で煙草を吸う人は見かけません。
ただ、私の新卒時代の記憶の中では、会社の会議前には、先輩が集まる前に若手社員は会議室のテーブルに灰皿を並べてまわるという光景がしっかり残っています。
会議中は、室内が煙で白くモヤがかかっているのが、いつもの光景でした。
こんなこと令和の今では考えられません。世代間のギャップというのは、こうした記憶が悪戯して生まれる部分もあるのかなと感じている次第です。皆さんの中にも、今の社会の「常識」を理解していても、「記憶に刻まれた昔の常識」に、もしくはそのような記憶を持つ周囲の人との関係に、悩んでいる人もいるのではないでしょうか。
こんな話もあります。
ギリシャの神殿の壁に刻まれた大昔の人の落書きに「近頃の若いものは困ったものだ」というものがあるそうです。
この悩みは何千年も前からあったのでしょう。こねくとでは、支援員も利用者の皆さんも、年齢様々です。
ギリシャの神殿の壁に刻まれた大昔の人の落書きに「近頃の若いものは困ったものだ」というものがあるそうです。
この悩みは何千年も前からあったのでしょう。こねくとでは、支援員も利用者の皆さんも、年齢様々です。
色々な話しをしながら、自分の考えの整理をしていくという時間もとても有意義な事だと思います。気になる話しを人に話すだけでも、気持ちが整理される事があります。
是非、気楽な気持ちで、いらしてください。
是非、気楽な気持ちで、いらしてください。